秒速5センチメートル 概要
公開日:2007年3月3日
『秒速5センチメートル』は2007年に公開された新海誠監督による日本のアニメーション映画です。
『雲のむこう、約束の場所』に続く、新海誠の3作目の劇場公開作品にあたります。
全体は3つの短編「桜花抄」、「コスモナウト」、「秒速5センチメートル」から構成されており、1人の少年・遠野貴樹の視点から、時間の経過と共に変わっていく恋と距離の物語が描かれます。
上映時間:63分。興行収入1億円。
キャッチコピーは「どれほどの速さで生きれば、きみにまた会えるのか」。
- 原作:新海誠
- ジャンル:恋愛・青春/ヒューマンドラマ・ロマンス
- 配給:コミックス・ウェーブ・フィルム
- アニメ映画公開:2007年
- 監督:新海誠
- 制作会社:コミックス・ウェーブ・フィルム
あらすじ
第一話:桜花抄(おうかしょう)
主人公の遠野貴樹と篠原明里は、小学校時代に仲良しだったクラスメート。2人ともどこか似た者同士で周りからもからかわれていた。
自然と惹かれ合い、一緒にいることが多く不思議な関係であった。
ところが、明里が栃木に引っ越すことになり2人は離れ離れに。やがて貴樹もさらに遠く鹿児島へ転校が決まり、もう簡単には会えなくなってしまうことに貴樹は胸が締め付けられる思いに駆られる。
中学1年のある冬の日、貴樹は栃木に住む明里に会いに行く決意を固める――。
電車で彼女の元へ向かう。しかし大雪により電車は何度も遅延。
何時間も揺られ、雪に包まれた真夜中にようやく再会を果たす。
2人は小さな駅で再会し、短い時間を一緒に過ごす。明里は自分も手紙を書いたけど、結局渡せなかった。
そして別れ際、雪の降る中で桜の木の下で2人はキスを交わす。
でもその夜以降、再び手紙を交わすことはなかった――。
第二話:コスモナウト
時は流れ、高校3年生になった貴樹は鹿児島・種子島で暮らしていた。彼は成績も優秀で、真面目な好青年に成長していた。
同じ高校に通う女の子、澄田花苗は、そんな貴樹に恋をしている。でも、彼が誰か遠くを見ているような雰囲気にずっと気づいていた。
彼女は貴樹に想いを伝えようと何度も決心するが、心の中で自問自答しながら結局伝えられない。
一方の貴樹はというと、明里のことを忘れられず、何かを渇望しながら日々を生きている。花苗の気持ちには気づかないまま、彼自身もまた空虚さを抱えていた。
打ち上がるロケットの光の下、花苗は思い続ける――。貴樹への想いが報われなくても、それでもなお彼のことが好きだという想いを。
第三話:秒速5センチメートル
社会人となった貴樹は、東京で働いていた。
携帯のメッセージをひたすら見つめ、画面を閉じ、開き、閉じ…。仕事にも身が入らず、どこか心ここにあらず。
彼は水野理紗と同棲していたが、それも破局。
自分がなぜ生きているのか、何をしているのかが分からなくなっていた。
ある春の日。
街を歩いていた貴樹は、ふと踏切の向こうに明里に似た女性を見かける。電車が通り過ぎるまでのわずかな時間――
そして、もう一度姿を確認しようとしたときには、彼女はすでにいなかった。
明里もまた、大人になり、別の人生を歩んでいる。
貴樹はゆっくりと歩き出す。
桜の花びらが、秒速5センチメートルで舞い落ちる中で――。
注目ポイント!
時間と距離が生む“切なさ”の表現
物理的な距離と心の距離がテーマの中心にあります。
例えば、第一話で貴樹が明里に会うために雪の中を電車で移動する場面。
交通機関の遅延や乗り換えの不安が、会いたくても届かないもどかしさをリアルに表現しています。
また、時間が経つごとに2人の関係が変化していく様子が描かれ、「いつまでも同じ気持ちではいられない」という現実が胸を打ちます。
息をのむほど美しい背景描写
新海誠 監督の最大の魅力の一つは、圧倒的に美しい背景美術です。
東京の駅や雪が降りしきる田舎のホーム、種子島の空と海、そして満開の桜並木――
どのシーンもまるで写真のようにリアルで、観ているだけで引き込まれます。
これらの風景は単なる背景ではなく、登場人物たちの感情と呼応し、物語そのものを語っているようです。
“言葉にしない”感情の伝え方
『秒速5センチメートル』には、あえて説明をしない“間”や“沈黙”が多く登場します。
セリフが少ない分、表情や視線、風景や音(電車の走行音、風の音など)が、キャラクターの感情を雄弁に語ります。
登場人物の“言えなかった想い”や“伝えられなかった気持ち”が、静かな演出の中に込められており、観る者に強い余韻を残します。
主題歌「One more time, One more chance」の効果
物語のラストで流れる山崎まさよしの名曲「One more time, One more chance」は、この作品の感情をすべて代弁しているかのような存在です。
特にラストシーンとのシンクロは圧巻で、曲が流れ始めた瞬間、観る者の心に積もっていた感情が一気に溢れ出します。
この曲があるからこそ、本作のラストはより切なく、深い余韻を生み出していると言えるでしょう。
誰もが共感できる“現実的な恋愛”
劇的な再会や奇跡が起きるわけではありません。
むしろ、多くの人が経験してきたような“すれ違い”や“叶わなかった初恋”をリアルに描いています。
だからこそ、貴樹や明里の想いが心に刺さるのです。
夢物語ではなく、現実の中でそれでも誰かを想い続ける姿――
その痛みと美しさが、観る者の胸を強く打ちます。
あとがき
『秒速5センチメートル』を初めて観たとき、まるで自分の胸の奥にずっとしまっていた記憶が、そっと呼び起こされたような気持ちになった。
何か大きな事件が起きるわけでもない。奇跡のような再会や、劇的なラブストーリーもない。でもその分、「こういう気持ち、自分にもあったな」って、静かに心にしみこんでくる。
特に印象に残ったのは、第1話での雪の中の電車のシーン。
貴樹がどれほど不安で、どれほど明里に会いたかったか、そのひとつひとつの描写が丁寧で、まるで自分も一緒に電車に揺られているような気持ちになった。
やっと会えた瞬間の安堵と、時間の有限さが痛いほど伝わってくる。
それから、時間が流れても心が置き去りになったままの貴樹の姿には、とても共感してしまった。
人は前に進むけれど、全部を忘れられるわけじゃない。たとえ今は別の道を歩いていても、どこかであの頃の自分を思い出してしまう。
そういう“過去に置いてきた想い”って、誰の心にも少しは残ってるものなんだと思う。
映像も本当に美しくて、画面に映る桜や雪、夕暮れや空の色が、まるで感情そのものみたいだった。
キャラクターの気持ちをセリフで説明しなくても、風景が語ってくる。
あの“言葉にできない気持ち”を、こんなふうに表現できるってすごいと思った。
そして最後に流れる「One more time, One more chance」。
あのタイミングでこの曲が流れるのはずるい。歌詞と映像がリンクして、今までの感情が一気にこみ上げてきた。静かで、優しくて、でもすごく切ない。まさに「余韻」という言葉がぴったりだった。
この作品は、観終わった後もずっと心に残る。
派手な感動はないけれど、ふとしたときに思い出してしまうような、自分の人生にも似た何かを映し出してくれる作品だと思う。
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